2006年10月06日

我が身を守って醜態を晒す

北海道滝川市の小学校で首を吊って自殺した女の子がいじめを
受けていたことを、やっと認めた滝川市長と教育委員会。
3日前までは、いじめがあったとは認められないと言っていた
はずなのに態度を一転させた。
これは先日の会見に対して、抗議のメールや電話が殺到した
からと見て取れる。対応しきれないと考えた市側が誤っておかないと
収拾がつかないと思ったのだろう。
それくらいのことで慌てふためき、パニックになるのだ。
この自殺した女の子は、もっと辛い日々を送り悩んでいたんですよ。

自分達の対面を取りつくり、名前に傷がつくことだけを
恐れて認めてこなかった。7通もの遺書の内容を一年も隠し、
その「遺書」を「お手紙」と言う言葉に置換えていた。
インタビューでも「遺書」と言われるたびに「これはお手紙だと
考えています」と訂正していた態度がすべてを物語っているでしょう。
役職についている人間は、自分の代に不祥事や事件が起こらない
ように、無事に何事も無く人気をまっとうする事だけを考えている。
このニュースを聞いた時に、誰でもいじめがあったと考える方が
普通のことです。小学生が学校の教室で首を吊るなんていうことは
いじめ以外には考えにくい事でしょう。そんなことすらも、
理解できない、いや、しようとしない人が教育の場のトップに
いる事自体が問題です。
一年調べても分からなかった事が、会見後のたった3日で
分かるはずは無いでしょう。
「素直に『遺書』を子供の立場で読んでみたらわかった」と
言っていますが、それでは今までは子供の立場で読んでいなかったと
言う事ですか?どんな立場で読んでいたのでしょう?
自分達が避難されないような立場なんでしょうね。

人間誰しも完璧ではないです。失敗もします。分からないこと
だって沢山あります。
問題は、失敗した時に素直にそれを認めて、どうしたら解決できるか、
どうすれば同じミスが起こらないかを考える事が大切なのでは
ないでしょうか。

いじめは昔からあります。差別もあります。
今考えてみると、僕が小さい時にもありました。
僕もいじめられた事もあるし、いじめたこともあるでしょう。
でも、当時は今のように大きな問題にはならなかった。
時代背景が違っているかも知れないし、内容も違うでしょう。
だけど見て見ぬ振りをしていても何も解決しません。
正面からぶつかっていって、直そうとする事が先決なのでは
ないでしょうか。
方法はそれぞれ違うでしょうし、凄く難しいことだと思いますが、
闇に葬ってしまうのだけはやめて欲しいです。
今後も、この問題は続いて行くでしょう。

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posted by ツボ at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒るで〜ぇ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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